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Mac URL 2005-08-15 (月) 14:12

アンの話しを読んでいるとベッカーや一代目マックのことが思い出しちゃって涙が出てきてしまった!
アンちゃんにはよく吼えられたり、2階に上がるときに足を噛まれそうになったりしたことを思い出したよ。

私達は犬が大好き同士。
今は2代目マックがいるけど本当にかわいい~
大切に育てたい・・・

midori URL 2005-08-15 (月) 15:09

そうだよね、私もベッカーの事、よ~く覚えてるよ。
ベッカーが亡くなった時の話、詳しく教えて~。

アンが亡くなった後、火葬してからは母が熱を出して暫く、実家に帰らずに姉宅にいたの。体調を崩した事もあるけど、実家に帰るとアンがいない事を実感させられるからってこともあってね。

うめ URL 2006-03-10 (金) 19:42

midoriさんちのアンちゃん、とても皆さんに愛されてたのですね。
思わずもらい泣きしてしまいました。
最後は、やっぱかわいそうですね。

うちのコロンも半身不随で生涯の半分は寝たきりでした。
幼稚園の子どもさんが抱っこさせて欲しいとお願いされたので抱っこさせてあげたらいきなりその場から落とされたんです。
それが原因で靭帯が切れちゃって・・・・
有名な病院で治してもらおうと思ったのだけどちっちゃすぎて無理って言われました。

うちも、去年の8月20日、一番長生きしていた17歳の雑種もお☆様になっちゃいました。
いつもチャンスを狙ってはだっそうしようと計画ばかり立てていたので、だっそうすると我が家には帰らずご近所に帰ってくるずる賢いワンコでした。
皆さん、自分ちで飼えなくなったら、何でも仕事場のほうに持ってこられるのです。
犬、ハムスターや鈴虫までも飼っていた事があります。
おまけに、交通事故で溝の中に落っこちていた狸を拾って連れて帰り毎日病院に連れて行ったこともあります。
骨折と片目が失明してやせいに返す事が不可能だと言われ我が家にいましたが首輪のフックがはずれて交通事故で亡くなりました。
いろんな所を探しましたが、犬と違って名前を呼んでも出てこなく、でもすぐ近くに居たんですよね~
もっとちゃんと探していたら事故になる事もなかったのだけど、お世話になった先生には大変申し訳なく思っています。
雑食の狸と言われていますが食パンをあげると耳は食べません。
真ん中の美味しい所だけ食べてあとはワンコが食べます。
玉子焼きと骨太牛乳が大好きでとても寒がりやさんでした。

midoriさんうちも長々とすいませんm(__)m
日記少しづつ読ませてもらっています。


midori URL 2006-03-10 (金) 22:24

>幼稚園の子どもさんが抱っこさせて欲しいとお願いされたので
↑この部分、なんとも言えない後悔が残りますよね、、、とっても悔しいでしょうね、当たりどころがないだけに、、、。
息が詰まる様なショックを感じました。

アンも靭帯を切った事があり、歪んだままに固定されてしまい、一生不便で過ごしました。
年をとると、傷めた部分に支障が出て来ていました。
不意の事故でしたが、フローリングの上にクッションがあり、それを踏み台にソファーに飛び乗ろうとした際にクッションがずれたんです。その瞬間にやってしまったのです。
ちゃんと滑らない様にしてあれば、あんな事にはならなかったので、あれは防ぐ事ができた事故でした。
飼い主の勉強不足のせいで、アンが犠牲になってしまったんです、可哀想でした。

うめさん宅の17歳の雑種も去年亡くなったんですね、同じですね、不思議な縁を感じるのは私だけでしょうか。

狸もそうですが、自然に寿命で亡くなるのが一番望む事ですよね。
しかしよく保護して病院に通いましたね、勇気も根気もそして、お金も必要だったのではないでしょうか。
頭が下がる思いです。

仕事場が、要らないペットを引き取る場になっているのは、良く無いですよね。
要らなくなったら、仕事場があると思っている人が安易にペットを飼ってしまう、悪循環になりかねないと私は思ってしまいます。

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愛犬アン。

今年2月14日、バレンタインデーに17年間、実家にいたアンは亡くなりました。
ちょうどお盆と言う事で、アンについて少し書いておこうかと。
アンは私が高校生の時に、母が知り合いに譲ってもらって家に来ました。
家に来た時は、まだ手のひらに乗るくらいで、確か生後2ヶ月だったかな。

私が実家にいた時はもちろん、海外にいた時も家族同様、すごく可愛がってきた愛犬でした。
ハワイにいた時、アンが夢にでてきて、起きた時に「アンは大丈夫!?」と電話をした時もあった。
電車で帰る時、父が車で迎えにきてくれた時は、アンを抱いて階段の上りきったとこで待っててくれていた光景が、母が迎えにきてくれた時はアンは助手席でしっぽをふって待っててくれた姿が今でも忘れられない。

一緒に育ってきたアンは私の家族にとっては、かけがえのない家族だった。

性格は、わがままで自分勝手。
父が外にタバコを吸いに行く時には必ず抱っこして連れて行って貰っていた。

そして夏には涼しい場所を探してウロウロして洗面所の冷たいタイルの上にお腹をベタッとつけて寝たりしていた。
寒い冬にはこたつの中にいつの間にか潜り込み、知らずに足を入れると凄い勢いで噛みつかれたりもした。

初めて海に行った時、海が段々深くなって行く事を知らず、思い切り沖に向かって突進して行って、足が浮いた時には溺れそうになって(溺れてたかな?)、アンが何が起こったのか全く理解できない状態に陥っている時にヒョイっと父に抱き上げられたアンでした。

外にでかける時に鍵の音がすると、玄関にとんできて「連れて行け~」と言わんばかりに吠え、靴を履こうと玄関に座ると膝の上に強引に乗ってきた。
でも、これは年をとってからは大人しく出かける所を見ているだけだった。

車の音を覚えていて、車が近づくと玄関に出迎えに来てくれた。
寝ていても、起きて必ず出迎えてくれていた。
でも、これも耳が遠くなってからは気付かない事が多くなった。

帰宅すると、挨拶をするまでしっぽを振りながら後ろをついて回って、挨拶をすると落ち着いた。
朝起きて2階から降りて行くと、階段の下で待っててくれていた。
「ボールとってきて」と言えばアンのオモチャ箱の中からボールを持ってきて、「お座布団持って来て」といえばアン用の小さなお座布団を一生懸命に引っ張って持って来て、目の前でお座布団の上にチョコンと座った。
ピーピー(押すとピーピーと鳴るオモチャ)の空気が出る部分を顔に向かって押すと、口をパクっパクっと開けて反応していた。アンはこれが大好きで、しょっちゅうこのオモチャを持って来ては遊んでくれと訴えていた。気付かないでいると、手のひらの上にポトーン、ポトーンと落とし、気付いて貰おうと必死だった。
車に乗る時は窓から顔を出して気持ち良さそうに鼻をクンクンさせていた。
水を飲む時には、鼻にも入ってしまってグスグスさせていた。
ポメラニアンなのに、夏になると母が毛を短く切ってしまい、柴犬になっていた。
長期間家を離れていて、帰宅した時にも変わらず、しっぽを振って出迎えてくれた。
家に家族がいない時に泥棒が入ったら、ちゃんと吠えているのか知りたくて、わざと玄関の戸を少し開けて覗いてみた事があったけど、アンも廊下の曲がった所から隠れて同じように覗いていた時には笑ってしまったわ。

家族の思い出はまだまだ一杯!!!

13年を過ぎた頃からかな。
耳が聞こえなくなってきて、目も白内障になって、動きが鈍くなった。

私がNZから帰国した2年前には、かなりの老犬になっていた。


そして、今年2月始めに里帰りをした時、それがアンと私の最後の再会になった。
もう、足はヨタヨタ、目もしっかりと開いてはいるけどぼーっとしている様で、抱き上げる時に息が苦しそうだった。

その時、私が写した数枚の写真がある。
アンは昔から不思議とカメラを向けるとジッとしてくれて、撮り終わると動く。
それが2月には見えていないのか、カメラと認識できないのか、カメラを向けても落ち着かなかったが、私はもう二度とあえないんじゃないかと思って必死で数枚、撮っておいた。
その時の写真がこれ。
アン1
アン2



自宅に戻ってちょうど1週間たった2月14日の朝、母から電話が入った。
アンの様子を伝えるものだったんだけど、息が苦しそうだから病院に連れて行くと。

お昼過ぎ、酸素吸入器を病院から借りて来たが、酸素の換えを貰ってくるのを忘れたから、祖母に一緒に車に乗ってもらい、病院に行ってくると電話が入った。
それから暫く電話が無く、姉とメールでやり取りしたりしていた。

そして夕方、母から泣きながら電話があって、「もう、限界だから、病院で安楽死して貰おうと思うんだけど、いい?」と。
余りのショックに、「なんで!?なんで!?」と聞くと、母は
「酸素吸入器をつけてるけど、人間みたいにつけられないからビニールを頭にかぶせて酸素を吸わせてる状態で、つきっきりでいないと、トイレに行く時には外さなくちゃいけないんだけど、30秒も酸素吸入器を外すと舌がみるみる紫色に変色していくし、苦しそう、もう、可哀想で見ていられないから、仕事に行っている父にも、姉にも電話して了承を得ているところ」
ということだった。

私も近くにいて、母と交代で側についていられるなら、少しは反対したかもしれないけど、”アンが苦しそう”と聞くと、やっぱり人間のエゴで生かしておくというのはどうか、と思い、母の意見に賛成した。

21時に病院に行くと聞いていたから、時間が近づいてくると、私も何も手がつけられないし、どうしたらいいのかもわからない。
主人が8時頃に、
「行って来たら?」
と言ってくれた。

すぐに家を出ても間に合わないけど、温かい内に会えるけど・・・
いろんな気持ちが入り交じって、どうしようもなかった。

後から聞いたら、母と姉と甥が付き添って、アンを診察室につれて行くと、先生が
「いいですか」
と聞いてくれ、3人が泣きじゃくっては先生が裏に行き・・・これを2、3回繰り返したそうで、15分くらい予定の時刻よりも遅れたそう。
先生が
「もういいですか」
と言った時、母が(何度もやってたら処置してもらえないかも)と思って
「お願いします」
と意を決して言ったそう。

眠った状態で逝けるように処置して貰えたそうで、それを聞いた時には苦しまないで逝けたなら、と自分に言い聞かせた。

その後は複雑な気持ちを、きっと私だけではなく、家族全員、もっていたと思う。


実家に電話をすると父と母と祖母でアンを代わる代わるに抱いているとの事だった。
「まだ温かいんだよ、ほら、動いてるみたい」
「アンちゃん、これ」
「寝てるみたいな顔だね~」
「まだ目が開きそうだよ」
と、電話の向こうでは気持ちがスッキリした感じの声の会話が聞こえていた。
母はこの夜、アンと一緒に寝たそう。

そして家族は3週間程、ペットロスでおかしかった。
私も何をしていても急に涙が溢れて来たり、アンの事を考えては苦しかったし、楽しかった事を思い出してしまっていた。

今日はサラリとアンの事を書くつもりが、書き始めてから既に4時間が経とうとしていて、書いている途中も何度も涙があふれた。
きっとこれを読む家族も涙しながらか、複雑な気持ちで読むんだろうな、と思う。

母が携帯で撮影して送ってくれたアンの生前最後の写真がこれでした。
アン生前最後の写真


アンちゃん、今度帰郷する際には、お墓に会いにいきますね。
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Mac URL 2005-08-15 (月) 14:12

アンの話しを読んでいるとベッカーや一代目マックのことが思い出しちゃって涙が出てきてしまった!
アンちゃんにはよく吼えられたり、2階に上がるときに足を噛まれそうになったりしたことを思い出したよ。

私達は犬が大好き同士。
今は2代目マックがいるけど本当にかわいい~
大切に育てたい・・・

midori URL 2005-08-15 (月) 15:09

そうだよね、私もベッカーの事、よ~く覚えてるよ。
ベッカーが亡くなった時の話、詳しく教えて~。

アンが亡くなった後、火葬してからは母が熱を出して暫く、実家に帰らずに姉宅にいたの。体調を崩した事もあるけど、実家に帰るとアンがいない事を実感させられるからってこともあってね。

うめ URL 2006-03-10 (金) 19:42

midoriさんちのアンちゃん、とても皆さんに愛されてたのですね。
思わずもらい泣きしてしまいました。
最後は、やっぱかわいそうですね。

うちのコロンも半身不随で生涯の半分は寝たきりでした。
幼稚園の子どもさんが抱っこさせて欲しいとお願いされたので抱っこさせてあげたらいきなりその場から落とされたんです。
それが原因で靭帯が切れちゃって・・・・
有名な病院で治してもらおうと思ったのだけどちっちゃすぎて無理って言われました。

うちも、去年の8月20日、一番長生きしていた17歳の雑種もお☆様になっちゃいました。
いつもチャンスを狙ってはだっそうしようと計画ばかり立てていたので、だっそうすると我が家には帰らずご近所に帰ってくるずる賢いワンコでした。
皆さん、自分ちで飼えなくなったら、何でも仕事場のほうに持ってこられるのです。
犬、ハムスターや鈴虫までも飼っていた事があります。
おまけに、交通事故で溝の中に落っこちていた狸を拾って連れて帰り毎日病院に連れて行ったこともあります。
骨折と片目が失明してやせいに返す事が不可能だと言われ我が家にいましたが首輪のフックがはずれて交通事故で亡くなりました。
いろんな所を探しましたが、犬と違って名前を呼んでも出てこなく、でもすぐ近くに居たんですよね~
もっとちゃんと探していたら事故になる事もなかったのだけど、お世話になった先生には大変申し訳なく思っています。
雑食の狸と言われていますが食パンをあげると耳は食べません。
真ん中の美味しい所だけ食べてあとはワンコが食べます。
玉子焼きと骨太牛乳が大好きでとても寒がりやさんでした。

midoriさんうちも長々とすいませんm(__)m
日記少しづつ読ませてもらっています。


midori URL 2006-03-10 (金) 22:24

>幼稚園の子どもさんが抱っこさせて欲しいとお願いされたので
↑この部分、なんとも言えない後悔が残りますよね、、、とっても悔しいでしょうね、当たりどころがないだけに、、、。
息が詰まる様なショックを感じました。

アンも靭帯を切った事があり、歪んだままに固定されてしまい、一生不便で過ごしました。
年をとると、傷めた部分に支障が出て来ていました。
不意の事故でしたが、フローリングの上にクッションがあり、それを踏み台にソファーに飛び乗ろうとした際にクッションがずれたんです。その瞬間にやってしまったのです。
ちゃんと滑らない様にしてあれば、あんな事にはならなかったので、あれは防ぐ事ができた事故でした。
飼い主の勉強不足のせいで、アンが犠牲になってしまったんです、可哀想でした。

うめさん宅の17歳の雑種も去年亡くなったんですね、同じですね、不思議な縁を感じるのは私だけでしょうか。

狸もそうですが、自然に寿命で亡くなるのが一番望む事ですよね。
しかしよく保護して病院に通いましたね、勇気も根気もそして、お金も必要だったのではないでしょうか。
頭が下がる思いです。

仕事場が、要らないペットを引き取る場になっているのは、良く無いですよね。
要らなくなったら、仕事場があると思っている人が安易にペットを飼ってしまう、悪循環になりかねないと私は思ってしまいます。

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